歴史と時代 5

88年のソウル・オリンピックのスター・スプリンター、ジョイナー選手など豊かなロング・ヘアと長い長い爪、こってりメイクのまま駆け抜けて私たちを唖然とさせました。

あんなにオシャレな人なのに不自然なほど口の上の髭が濃いのが気になったが(後にドーピングの疑いがかかったがサッサと引退)。

90年のワールド・カップ・ザッカーを観ると、まあロングありドレッドありクルー・カットありと千差万別。

テニフ、では、スパイク・リーが映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』(89)で見せたサイクル・パンツに短パンの重ね着スタイルを、そのままコートに持ち込んたヘヴィ・メタのロック歌手のようなアンドレ・アガシ。

と、思い思いの自分らしいファッションでフレーするのが当たり前になりつつあります。

こういう時代にやはり「異質」とうつるのは、高校野球の坊主頭でしょう。

何故、高校野球だけが僧侶の頭である必要があるのでしょか。

高校生らしさとかアマチュア精神という形骸化された言葉が通じる時代ではない。

追記一高校野球にもフツーの髪型が増えてきました。

その彼らの原動力は「髪をのばしたから弱くなった」といわれないためといいます。

歴史と時代 4

もともとスポーツをするための衣服は、動きやすさという機能の究極であろ一だけにその形が大きー変わることはない。

カラー化はとっくに研究しつくされ、機能の追求もハイ・レッグや身体にぴったりフィットしながら動きは自由自在のスパンデックス素材までいきついた。

こうなると、ウェア以上に大切なポイントになってくるのは、選手自身の精神力でしょう。

これが汗と涙の根性論には結びつかず、容姿に対する自信となるところが「観るスポーツ」の時代。

日本でも熱狂的な女性ファンがいる男子バレーは、街の男の子以上にヘア・スタイルが決まっている選手の宝庫。

ただし、これが強さに結びつかないのが致命的。

強さがあって初めて輝くのがスポーツ選手のファッション化なのです。


歴史と時代 3

美しさが勝敗のポイントになるフィギュアならではだが、この動いた時にも、風になびいても絵になる"ハミル・カット"をデザインしたのはアメリカ在住の須賀勇介さん。

風になびく自然のままのばした長い髪は、「愛と平和」を謳った60年代後半のヒッピー・カルチャーのトレード・マークになったが、手を加えることでよりナチュラルな美しさをアピールできることを証明したのが、この"ハミル・カット"。

無敵を誇り、90年のウインブルドンでも見事復活した女子プロテニスのナヴラチロアも、試合には必ずヘア・デザイナーを同行するといいます。

パワーだけではのりきれなくなった年齢になってから外見にも気を配るようになり、その容姿に対する自身が"勝つ"ための原動力になったといいます。

歴史と時代 2

60年代にカット旋風を巻き起こしたヘア。

デザイナー・ヴィダル・サッスーンのスタッフがメインの選手たちのヘアを手がけたといいます。

体操は動きを計算した乱れても美しいヘア、陸上はスピード感を追求し、水泳は濡れた髪もサマになるスタイルと、スポーツ・ビューティをとことんヘアで実践した大会だったのだ。

この先駆けになったのは、フィギュア・スケートで一世を風靡したドロシー・ハミル(ゴールド・メダリスト)。

ジャンプするたびふわりと金色の円形の軌跡を描ー彼女のブロンドのヘアが大変な話題になりました。

歴史と時代 1

アマチュアのスポーツ選手が限りなくプロに近づいてアイドル化してしる確実に視聴率のとれるTV番組としてスポーツ中継は増える一方だ。

このお蔭で強さだけでなく視覚に耐える容姿がグンとモノをいうようになりました。

そのスポーツ選手のファッション化の口火をきったのは、84年のLAオリンピックだった。

その後日本のCMキャラクターに起用された体操の女王レットンや下手な歌で走るロック歌手としてデビューしたカール・ルイスをはじめとして、汗なんかかかなくったって絵になるアメリカの選手たちの何と多かったこと。

均整のとれたスタイルやアメリカ人らしいリラックスした雰囲気を差し引いても、とにかく垢ぬけて見える。

この秘密は彼らのヘア・スタイルにありました。


不思議な子 その4

私はただただ嬉しくて、約束通り、翌日、リンダの以前のアパートに電話をした。


「・・・ツーッ、ツーッ、ツーッ」。


あ、ちゃんとつながったと喜んだのも束の間。


受話器の向こうからは「おかけになった電話番号は・・・」というあの機械的な録音メッセージがまたしても虚しく流れてくるのでした。


その後、レバノン・レストランEは、ディレクターが代わりサービスが低下したのでもう行かなくなってしまった。


あの再会の夜を最後に、その後二度とリンダには会っていません。

不思議な子 その3

「砂のお城」あの華やかなりし豪遊の数々や、趣味よく程よく贅を凝らしたアパートの部屋などは、もしかして、皆、砂でできたお城のようにもろい夢物語だったのか。


妄想癖のある女性の見栄と欲求の行き着く果ては国外逃亡・・・だなんて、そんな小説のような話がよりによってリンダの身に起こるなどということが本当にありえるのだろうか。


彼女と共にしたたくさんの贅沢の場面が、2年間の空白を飛び越えて一斉によみがえった。


夜逃げだろうが何だろうがともかくも彼女は元気にちゃんと生きていたのです。


これほどめでたいことがあるだろうか。

不思議な子 その2

聞き覚えのある音楽に続いて「おかけになった電話番号は現在使われておりません・・・」というフランステレコムのメッセージ。


会社も辞めた。


家も空っぽ。


一体、どうしちゃったんだろうか。


それ以上「捜索」を押し進める気にもなれず、かといってリンダのことが気にならないはずもなく、何やらぼんやりとした不吉な予感に包まれたままあっという間にそれから2年が経ってしまった。


その間、いくつかの方面から小耳に挟んだ噂話は、いずれもあまり芳しいものではなく、中には「借金にまつわるトラブルで夜逃げしたらしい」というような物騒なものでした。

不思議な子 その1

とある友人の話です。


最後に会った夜からまだそれほど日が経っていない頃、リンダがプレスをしている例のジュエリー会社へ電話をすることがありました。


「プレスのリンダはそちらにいらっしゃいますか」


「リンダ・・・ですか、えっと、ちょっとお待ちください」受話器の向こうでこそこそと話す声がしばらく続いた後、さっきの女性が再び電話口に出た。


「実は、リンダはもうここにはいないのですが、プレス関係の他の老におつなぎしましょうか」


「え、というと彼女はお宅の会社のプレスを辞めたっていうことでしょうか」


「まあ、そういうことです」何やら奥歯に物が挟まったような口調のその相手に、とりあえず今回はこれで、と電話を切ってから、今度はリンダの自宅に電話をしました。

お気に入りの建築や場所 その9

カフェ・レストランテ(現・動物博物館)

バルセロナで開催された万国博覧会の折に建てられたもので、現在は動物博物館。

スペインの古城を思わせる外観で、赤れんがの外壁に手工芸の飾りタイルが目を引く。

内部の階段ホールはカラフルな南国調。

ドメネクは建築家である一方、建築学校の教授を務めるなど多方面で活躍しているそうです。

アーカイブ

2011:09 2011:08 2011:07 2011:06 2011:05 2011:04 2011:03 2011:02 2011:01 2010:12 2010:11 2010:10 2010:09 2010:08 2010:07 2010:06 2010:05 2010:04 2010:03 2010:02 2010:01 2009:12 2009:11 2009:10 2009:09 2009:08 2009:07 2009:06 2009:03 2009:02 2009:01 2008:11 2008:09 2008:07

管理人のお気に入り